« 2007年10月 | トップページ | 2008年2月 »

2008年1月

哀愁のヨーロッパその6

08 ミラノは一泊だけでいよいよ帰国だ。ミラノの空港に何故かハグリット(ハリーポッターの名脇役)が。子供のブロックおもちゃのレゴのキャンペーンのようだ。ロンドンで記念写真が撮影できなかったことを思い出しここで撮影。

帰りのルートはフランクフルトでANAに乗り換え。この乗り換えがくせものでフランクフルトはかなり大きな空港なので規定の乗り換え時間(45分くらいだったかな)だけで予約をしたりするとまず素人に時間内の移動はムリだ。でも大丈夫、ANAの係員が待っていてくれて案内してくれる。結構、乗り換え時間が短いとびびるのでこれはいいサービスだ。昨夏に家族でスペインに行き同じルートで帰るときも案内係りが待っていてくれた。家族は私の力で案内係りが来てくれているんだと美しい勘違いしていたのでそのままにしておいた。なんでも大学生のアルバイトとかで今回も係りの方に案内してもらい時間通りに移動。でもVAT(税金)払い戻しの時間はとれず「次回はゆったりと時間をもったスケジュールにしよう」と・・あれ?確か前回もそう思ったよなぁ。P1060134

機内では映画を楽しんだりお土産を買ったりして普通の旅行者のようにふるま って国際的な使命を帯びた出張も何事もなかったかのように終わりをむかえるのでした。めでたしめでたし。

| | コメント (1)

哀愁のヨーロッパその5

後ろ髪を引かれながらパリを後にして空路でミラノに向う。

06_2  イタリアはフェラーリの国だ。私は天才ドライバーのシューマッハが引退を表明し最後にF1を駆る姿を見とどけに鈴鹿サーキットに駆けつけたフェラーリのオーナーである。持ってるのは腕時計だけだけど。なのに今までイタリアとはなぜか縁がなく初めての訪問。

今回のヨーロッパ出張のテーマはいくつかあったのだけどミラノでは子供の創造性や感性がどうやって育つんだろうか何かヒントはないものかというもの。フェラーリやアルファロメオ、ブルガリやプラダ、フェラガモやフェリージなどどうしてこんなに魅力的なブランドが育つのだろう?子供の頃から特別な教育やDNAがあるのではないか、最後の晩餐に隠された代々に伝わる秘密を隠しているのではないか・・・きっとそうだ、そうに違いない、だからミラノに出張に行かねばと上司にむりくりハンコをもらったのでした。日本では高齢化社会が進み子供人口も減少していく。労働力も資本力もない国としては付加価値、つまり創造性や感性を磨いていくというのが経済発展の残された道であると某大臣がおっしゃっておりました。私はこの国家的テーマを背負ってエコノミークラスに乗ってミラノにやってきた。まずは感性豊かな国民生活を調査するためにアウトレットと冬のバーゲン真っ盛りのブランドショップが並ぶモンテナポレオーネ通りだ。仕事だからね、仕事。おぉ安い。これはブランド好きにとってはアドレナリンが上がるぞ。たぶんその気になれば特価品を何点か買って日本で売れば渡航費用の元がとれるな。少々せこいが定年後の将来構想に入れておこう。それにしてもミラノの街はどうもイメージしていたのと違って東京に似た感じだ。もっと町並みは中世っぽくてファッションは色とりどりにまぶしくてルパン三世が乗ってる車のチンクチェントとかアウトビアンキとか小粋な車が元気に走り回っているはずなのだが。チョイ悪おやじがかっこいいおねぇちゃんを何人も引き連れて歩いているグループだらけで、いよいよ私もチョイ悪デビューかと思っていたのに普通な感じだ。拍子抜けだぞボンジョルノ。初めて修学旅行で京都に行ったときも似たような感覚を持ったな・・「ウチの街のが京都っぽいじゃん」学生だった私の目には京都は大都会すぎてイメージしていた古都ではなかった。奈良の方が昔の面影が残っていてあおによし。余談ですが大人になって舞妓さんなんかにお酒を注がれちゃうと他にはない世界に誇れる京都の素晴らしい風情を知ることになるのでした。子供にはまだその良さが分からなくてもよろしい。おぉそうか、ここでも舞妓、じゃない食事にいけばミラノの素晴らしさが分かるかもしれない。さすが私だ。イタリアンの本場ではないか。日本では食べられないくらい美味しいイタリアンがあるのではないかということで今度はミシュラン・イタリアン担当に立候補してみることとした。はたしてミラノで食べるイタリアンは国内のリストランテでは今まで食べたことのない旨いものでした。特にイカスミスパゲッティが旨いものだと初めて知った。これを食べるだけのためにミラノをまた訪れるというのもいい。今までは見栄で通ぶって食べてただけだったんだ。お歯黒状態になってもおかわりしましょう。(つづく)

| | コメント (0)

哀愁のヨーロッパその4

昨年の夏にパリを訪れたときに発見をしたラーメン屋。その名もオペラ08 ラーメンときた。ガイドブックには載っていない。う~む、これは歴史的発見である。ちょうど食事を済ませてすぐだったので入らなかったが、ラーメン・ミシュラン担当としてはいずれチェックをしなければと思っていたラーメン屋である。そこを目指して地下鉄の乗ったのだが路線を間違えルーブル美術館前で降りて歩き出したがやっぱり寒さで歩く気力がなきなったので近場の某有名ラーメン屋に入った。日本ブランドのビールを頼んで「あ~旨い。やっぱ日本人はこれだよね」などとと独り言を言いながら待望のラーメン餃子定食を堪能したのでした。

翌日、仕事が終わってオルセー美術館に。不思議なもので日本では新聞屋のおぃちゃんにただで美術館のチケットをもらってもわざわざ出掛けることはほとんどない。なのにヨーロッパに行くとわざわざ時間をつくって足を運んでしまうのでした。自慢じゃないけど中学生のときの美術の成績は5段階評08_3 価で1・・・。1という評価は友人の誰にもみあたらなくて、それはそれでみんなにホラホラ凄いだろうと見せてまわったのでした。私なりに美術は好きで小学校のときは風景画で県から表彰されたりとかあった。中学の美術教師は美大出身というのが自慢で教え通りに書いたり作ったりしない私の表現方法が気に入らなかったようだ。更に人間的にも嫌われていたようで当時の教師に対しては言い分があるがここでは勘弁してやろう。それで美術が嫌いになりましたというようなことはまったくございません。

08paris オルセーからルーブルまでは徒歩10分くらい。ほてほて歩いていくと老犬と散歩をするお年寄りとすれ違った。犬も飼い主も同じ足取りだった。共に何年も暮らしてきたんだな。。ヨーロッパでは犬との暮し方が日本とは違う感じがする。電車の中に一緒に乗ってきたりする社会的な配慮もそうなのだけど・・・飼い主と犬との関係というか・・う~ん、うまく言えない。

さて、お腹が空いた・・・。欧州に一人旅に行かれた方には共感頂けるとと思うのですがヨーロッパでレストランに一人で入るのはどうも気がひけるものです。哀愁のヨーロッパ。そこで私がとった作戦は日本の誇る”回転寿司”潜入調査である。寿司ミシュランの担当でもある私はやっぱりオペラ座の傍にある回転寿司屋に入るのでした。お、結構旨いじゃん。日本のビールを頼むのは決してフレンチで書かれた他の銘柄を読むことができなかったわけではないことを付け加えておこう。

(つづく)

| | コメント (0)

哀愁のヨーロッパその3

テームズ河をクルーズした後はパリに向った。ロンドンからパリへの移動はユーロエクスプレス、鉄道の旅。言ってることがコロコロ変わるようだけど船旅もいいが鉄道もいい。ハリーポッターで有名になったキングスクロス駅に隣接するセントパンクラス駅からの出発。ホテルから早めにタクシーで行ってキングスクロスでお約束の9と4分の3番線で記念写真を撮影しようと思ったらキャッシュの手持ちがなく地下鉄で移動した。ロンドンの地下鉄は突然A駅からB駅までの運転を見合わせるということが結構あって、運わるく途中の駅でそれに遭遇してしまった。治安維持のためか鉄道そのものの信頼性が低いのか分からないが困ったものだ。見た目には出さないが私のような国賓級VIPが地下鉄を利用してあげているのだからダイヤ通り運行せいっと日本語が分かる人が周りにいるといけないので小声で呟いてやった。結局、駅には1時間ほど前に到着したがユーロエクスプレスは国際線なので飛行機なみのチェックが入るため搭乗手続きは45分前まで。と、いうことで記念撮影はまた来たときのお楽しみ。

08 ファーストクラスだったので食事付。ファーストクラスというと凄そうなのだがラグジュアリー性からいうと新幹線のグリーン車の方がいいかな。でもチケット代は東京-大阪間を往復する位の値段だったのでお得感はユーロエクスプレスに軍配が上がります。JRも食事サービスをご検討下さい。

パリ北駅に到着したのは17:30頃、すでに真っ暗だ。タクシーでホテルに到着し荷物を運ぶドライバーにチップを渡そうとしてふと左側を見るとライトアップされた凱旋門が見える。陽気なホテルマンと決まりの冗談を交わしてチェックインを済ませ散歩に出かけた。凱旋門の下では音楽隊のようなのがブンタッタやっていて何かの式典のようだった。とても寒かったのでタコ焼きやお好み焼きはないだろうけどエスカルゴ焼きとかの屋台でも出ていないかなどと半分マジで期待しながらそばまで寄っていった。08 ロータリーにさしかかり何気なく観覧車、チュルリー公園の方に視線を移すと、銀河鉄道が発着するステーションではないかと思えるくらい青く美しいイルミネーションが続くシャンゼリゼが。。言葉を失う。もっとも誰も話し相手はいないけど。多くの乗客、じゃない観光客が行き交うなか屋台捜索という重要な任務を忘れて立ち尽くしているとポンポンと肩を叩かれた。振り向くとイタリアンなロッキーバルボア似の男がカメラを押し付けてきて彼女といけてるツーショットを撮影してくれと言っているようだ。因みに彼女はエイドリアンには似ていない。

「ぶっそうだな私がカメラを持ち逃げするとか警戒しないのかな」と思いながらも私は快くシャッターをきった。どうでもいい話だが私はどこに行ってもよくシャッター押して下さいと頼まれる。私には写真の才能もある。それが見破られているのかもしれない。これが日本だったら高くつくんだよと日本語で話しながらカメラを返すとロッキーは大げさに抱きついて御礼を言った。ちょっとキモイぞロッキー。バイチャと言って歩き出そうとするとすぐさまP1060021 追ってきてもう一回撮ってくれと言ってきた。そうかそうかそんなに私が撮った写真が気にいったのかと思ったがどうも違うらしく、暗かったのでブレていたのとそれよりロッキーが半切れ写しになっていたのが気に入らなかったらしい。最近のデジカメはその場で撮影内容を確認できるのでやっかいだ。残念ながら私の芸術的な写真が分からないようなので今度は真面目に撮影してあげるとフムフムこれならよいという感じで握手をして去っていった。

幸せそうだな、私も家族に会いたくなったな今頃何をしているだろう・・・・なんてことよりとにかく寒さ攻撃に耐えるためオペラ座の傍にあるラーメン屋までラーメン餃子定食を食べに向うのでした。(つづく)

| | コメント (0)

哀愁のヨーロッパその2

狙撃兵からの追跡を逃れてロンドン・アイに進むとダリ・ユニバース前、なぜスペインの鬼才と言われるダリの美術館がロンドンにあるのだろうかなどとはなんも思わず唐突に目に飛び込んできたのはゾウの像(*^_^*)v・・・

Photo アシが止まる・・・。

この不思議なゾウを見て忘れかけていたお気に入りCMを思い出した。そのBGMをテムズに沿って吹く風音とミックスさせて小節毎に数歩動く。独りダルマさんが転んだ状態だ。そうやって視点を変えてはビックベンの上に跨るこのどこから来たのか分からないゾウを暫くふわ~と眺めていた。

思い出したCMはサントリーウィスキー”Royal”のランボー篇(1982)だ。一番好きなCMは?という質問がきたらいつも回答はこれ。このシリーズは秀逸で続編含めダリやガウディといった 天才達の世界観が映像と音楽に見事に凝縮されている。製作した電通の天才クリエイターも凄いが提案を採用した企業も凄い・・。ホテルに帰ったらyoutubeで見ようっと。

もうあんなCMは日本企業には創れないだろうな。株主優先の米国的な経営が企業戦略の前提になってしまったからだ。企業活動で本当に大切にしなければいけないのは株主でもないし社員でもない。お客様だ。いまどき損か得かといったロジックで作られたCMなんかいらない。NETで分かるからね。あの頃からより大きくなって綺麗になったTVの画面でああいった感性溢れるCMを見たい。Photo_2

閑話休題。

船に飛び乗ってロンドンタワーまでプチ船旅。 ヨーロッパ出張では少しでも時間的余裕があったらできるだけ船で移動するというのが正解。フランクフルトからケルンまでのライン河くだりとかね。出張だと観光時間なんてないし。船の上は気分爽快!(つづく)

| | コメント (0)

哀愁のヨーロッパその1

唐突ですがヨーロッパにやってまいりました。仕事です。

一週間でロンドン・パリ・ミラノという売れっ子デザイナーのようなスケジュール。ロンドン行きの機内で隣に座ったのはブルースウィルスに似た白人だった。大惨事に巻き込まれないよう注意を払ったおかげで何事もなかったかのように何事もなく無事に到着。だがジョン・マクレーン刑事はゴホゴホしっぱなしで、こちらもマスクして反対側を見つめ続けるなぞして身を守ったのだが結局うつされてしまった。。。インフルエンザの予防注射をしてきたってのに。

1月の欧州は寒い。冬のバーゲン真っ盛りをいいことに7割引きのブランド物コートを現地調達。コート二枚重ね、毛糸の帽子を被ってマスクとスキー用手袋を装着、腰にはホカロン貼付タイプ を用いて寒さ対策万全のイデタチで寒気に立ち向かう。しかし見るからに怪しい東洋人として当局に目をつけられたかもしれない・・・。

P1050975 仕事がひと段落して遊覧船好きの私は尾行しているであろう秘密捜査官をまいてテムズ河のポートへ。ウェストミンスターブリッジを渡りBAロンドンアイ(でかい観覧車)を目指して進むとルネッサンス様式の建物の上に私を狙う兵士の姿が・・。すかさず証拠写真を撮影した。

*Old County Hallで開催中のスターウォーズ展が開催されてたのでした。

<続く>

| | コメント (0)

« 2007年10月 | トップページ | 2008年2月 »