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2008年3月

中嶋さん、おめでとうございます。

オリンピックや格闘技は別として日本人を初めて世界の最高峰の舞台に連れて行ってくれた人は中嶋悟さんだ。初のF1レギュラードライバーであり現ナカジマレーシング総監督である。1987年に伝説となったアイルトン・セナと共に名門ロータスからのブラジルグランプリのデビューシーンは今も鮮明に覚えている。野茂さんが大リーグに渡ったのは95年、サッカーで中田さんがヨーロッパに挑戦したのも今世紀に入った2001年だ。F1の世界は煌びやかで政治や経済、スポーツマンシップと人間模様が絡み合いながらも世界を転戦するというそれまで知らなかった魅力的な世界だった。34歳にしてルーキー、体力的には頂点を過ぎていたであろう彼だったが若い頃からのステディに車をいたわるレース運びは健在。どうしても運が味方してくれない結果が続くなかでもTVインタビューにも悪びれず遠く高いところを見詰めるように淡々と語る彼は私だけでなく判官びいきの多くの日本人がなんとか彼を表彰台に上げたい、上がって欲しいと願っていたに違いない。しかし夢は叶わず91年雨のオーストラリアグランプリでリタイアして潔くレーサー人生に幕を引いた。「夢をありがとう」と書かれた日の丸が何旗もはためいて・・・。あれから17年、当時目の前でおもちゃで遊んでいた長男の一貴君があのオーストラリアからデビュー、物語の第二章が始まった。あの日の空とはまったく違う晴天のなか父のデビューと同じ7位でフィニッシュを果たした。その後の裁定で6位のバリチェロがシグナル無視のペナルティで6位繰り上げとなったがそれはおまけ。爽やかな笑顔で森脇さんのインタビューに応える姿を見て久しぶりに涙がこぼれ落ちそうになったな。

中嶋さん、おめでとうございます。

Photo_2  2005年のゴールデンウィーク、F1開催を図ってリニューアルされたフジスピードウェイの杮落としでスーパーGTが開催された。「父を超えたいと思います」あっさり言うなよ、お前の親父は誰だと思ってんだぁ・・。

一貴君は300クラスのドライバー、父の悟さんはエプソン・ナカジマレーシングの監督として同じサーキットに立っていた。父が見詰めるストレートを全開で駆け抜ける。彼の視線の先にある1コーナーには美しい虹がかかっていた。

七つの光りを超えていく二世の姿を監督はあの深い海のような目で見詰めていた・・。

今年の10月12日、彼はF1マシンでこのコーナーを駆け抜ける。

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富士見の隠れ家的定食レストラン

隠れ家的レストランや隠れ家風バーなどはよくトレンド雑誌で特集はあるが隠れ家的定食レストランというのにはお目にかかったことがない。よく考えてみると、考えてみなくてもそうなんだけどレストランやバーなんかより定食屋の方が利用率は高い。部数アップの保証は致しかねるがぜひ小学館さまや日経BP社さまに特集してほしい。その際にまず取り上げて欲しいのがこの信州富士見町にある「野麦」だ。私が中央道沿いの信州にでかけたときには上諏訪あたりの温泉に浸かった後、この「野麦」で定食をとって帰るのを慣わしとしている。このハシゴが昭和な気分に浸れて癒し効果バPhoto ツグンなのだ。定食屋系は昭和な感じが一番。20号線沿いにありながらも(ほんのちょっと入るだけ)素人にはまず行き着けないだろう。地元住民は皆知ってるが旅行者が入ることはまずないというところがグルメ心をくすぐる。壁に扇風機が備え付けてあるあたりも昭和な定食屋として王道をいっている。しかも、鹿も、来る*^-^*。 野生。運がよければお店の中から見ることができるらしい。。信州でシカというと2種類あって、所謂普通のシカとカモシカの2種類。この2種類がやってくるというのだから愛鹿家の方にはたまらないだろう。。

お店を切り盛りしている姉弟も素朴でやさしくてグリコの昭和なおまけみたいな感じでこれまたグーだ。

今日はお店の入り口に寒桜が咲いていた。信州も春はもうすぐだ。 Photo

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